もう5年以上前の話になります。私の父のいとこが亡くなりました。私からは、父のいとこと言っても、おじさんです。父は中学を卒業して、田舎を離れ今の土地に移り住みました。

当時地元ではあまり仕事がなく、他の土地に仕事を探しに移り住むことは普通だったそうです。そのため父は、地元に顔を出すことは毎年は難しく、何年に一度かになっていました。

私も父に連れられて、遊びに行っていました。そんな中の訃報でした。おじさんが自死したとのことでした。私たち家族に動揺が走りました。

 おじさんは、ある地域の議員でした。当時は、地区が合併することもあり、忙しかったのだと思います。私は議員のおじさんは、よく分かりません。私の知っ ているおじさんは、親族の集まりに顔を出し、よく陽気に話していた人です。子供ながらに、明るくてよく笑う人だなと思っていました。

そんなおじさんが、亡 くなったのを聞き、私は何故か行かなくてはいけないという衝動にかられました。言葉を交わしたことは、あまりなかったように思います。どうしてそんな私 が、そんな風な気持ちを抱くのだろうと思い、不思議でした。

 おじさんは私は父のいとこであり、私は仕事もしていたので、葬儀には参加しませんで した。その後、父と共におじさんの家を訪れました。導かれるように、仏壇に手を合わせ目を閉じた時です。

私の中を、風が通る感じと眩しい感じがありまし た。それと同時におじさん(議員時代の写真)の写真が、私の中でどんどん大きく大きくなっていきました。その後、いろいろな感情が私にぶつかってきまし た。

「悔しかった」「仕方がなかった」「誰かに分かって欲しかった」「後悔はしていない」「家族のことは心配だからここにいる」など、一度にいろいろな感 情がぶつかってきて、涙が溢れそうになりました。

気持ちとしては、嗚咽が混じりそうな気持ちです。その一方で、私とおじさんは顔見知りの存在で、大泣きし たらおじさんの家族が驚いてしまうと思い、こらえるのに必死でした。その後なんとか歩き、玄関を出たときには、ふっとその感情がどこかに行っていつもの自 分に戻りました。玄関を出ると、白や黄色のチョウチョウが手招きするように、お墓の場所まで案内してくれました。

 私は、当時うつ病を患っていま した。死のうとは思いませんでしたが、死ぬことは時々考えていました。おじさんも死ぬ前は、うつ病を患っていたということでした。

仲間意識を感じていたの かも知れません。おじさんの葬儀には、300人もの弔問客が訪れたといいます。決して、本心までは分かってくれなかったいうことでなのしょうか。きっと自 死したおじさんを責めた人が多かったのでしょう。

苦しみから抜け出すために、そのような結論になるのは、仕方がなかったのだと思います。この体験をしたと きは、不思議と怖さはありませんでした。今となっても不思議な体験です。