今から20年前、私がまだ高校生の頃、父の赴任先に泊まりに行ったときのことです。単身赴任者は職員官舎に住むことになっていて、そこは田舎だったため建物自体が古く、引っ越しの手伝いに行ったときも畳がぶわっとじめじめして浮いている感じがして、なんか気味の悪い部屋でした。さすがの父親もこの湿気の強い部屋に嫌な感じを覚えたようですが、「1年間のことだしいいか。」と軽い気持ちでいました。

何もないような田舎で、住んでいるのは老人ばかり。飲食店も少ないために父はすぐに特定の店の常連になり、老人たちと仲良くなりました。父親は好かれる性質だったので、すっかりそこでの生活が気に入ってしまったようで、私たち家族の安心することができていました。

そ の地域は川がとてもきれいで、夏は川遊びができるというので、夏休みに私は一人で電車を乗り継いで泊りに行きました。残念ながら一日目は雨だったため、父 の行きつけの店でごはんを食べるしかやることはなくなってしまいました。その店で父と知り合った老人数名をカラオケをしたり、お小遣いをもらったり、何だ か雨で得をした気がしたものです。あの父の住む部屋の気味悪さなんて父が数か月も済めば生活感も出てきたので、すっかり忘れてしまっていました。父自身も 全くきにしていなかったようです。

その日11時くらいに父と帰宅した私はお風呂から出てくるやいなや、すっかり泥のように眠ってしまいました。父と同じ部屋で、布団を二枚敷いて。

疲 れてぐっすり寝て朝・・・の予定だったのですが、なぜか二時過ぎくらいに体がムズムズして起きてしまいました。時計の秒針がやけに気になって、ものすごく じめじめした感じに襲われ、ただ嫌な気分のまま眠れずにいました。目を閉じていても不思議とまわりの風景が見える気がして、何だこれは?と怖くなってしま い、夏なのに布団を頭からかぶって父の方に体を向けて丸まって眠る努力をしました。

すると今まできいた事のない耳鳴りがしだしたのです。私はびっ くりして体を起こそうとしましたが、ゴ~っという音は頭の中でなっているような、体の奥底からやってくるような、それがやがて私の体を不自由にしているの がわかりました。「金縛りだ」そのときはじめて経験したのです。ただどうしていいかわからなくて、必死で声を出そうとしていたところ、ドンッと足の上に何 か乗ったのです。身体がビクッとはねたと同時に顔に被った布団がずれて、あたりが見えるようになりました。とっさに足元を見ると、黒い影が私の足を押さえ つけているのが見えます。よく見たら手が私の足を押さえつけていました。悲鳴にならない悲鳴をあげながら必死で抵抗していると、黒い影は次第に色をさしは じめ、やがて無表情な老人の姿がくっきりと見えました。「あっ!さっきのお小遣いをくれたおじいさん!」足を押さえていたのはお店で出会った父の知り合い の老人だったのです。そこで、私はとっさに夢だと思いました。さっき会ったおじいさんが印象深かったから私はこんな夢を見ているんだ、きっと慣れない旅に つかれているんだな、と思うと急に体の力が抜けて、その後の記憶はすっかりありません。再び眠ってしまったようです。

朝起きて、父親が「やけにうなされていたね」と言うので、やっぱり悪夢にうなされてたんだなと思ったのですが、全身の凝りがひどく、足に違和感が残っていました。

その日私は宿舎に住む父親の同僚の子供と3人でめいいっぱい川遊びをしました。

宿 舎に戻るとしばらくして父が帰ってきたのですが、暗い表情で開口一番、「昨日のお小遣いをくれたじいさんな、あの帰りに車にひかれて亡くなったそうだ。農 道から田んぼに落ちてたんだけど、こんな田舎だから朝まで誰にも発見されなかったらしい。片足がつぶれてしまっていたみたいで・・・。」と言いました。

私は青ざめました。あれは、老人が私に知らせたのでしょうか。それまで私はそういう体験を一度もしたことがありません。

あの宿舎のいやな感じが何かを呼ぶのか、何かを受信するような場所だったのでしょうか。今思い出しても鳥肌がたちます。